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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)1679号 判決

原告 柴山正次郎

原告補助参加人 大沼満

被告 東京港信用金庫

主文

被告から原告に対するいずれも東京法務局所属公証人佐藤乙二昭和二十六年三月一日作成の第十万六千二百六号及び第十万六千二百七号各金銭消費貸借公正証書に基く強制執行は、いずれもこれを許さない。

右強制執行につき、当裁判所が昭和三十年三月十七日になした強制執行停止決定は、これを認可する。

被告は原告に対し、別紙物件目録記載の各土地につきいずれも被告のため昭和二十六年二月七日東京法務局受付第千百四十五号をもつてなされた昭和二十六年二月三日金円貸借契約に因り債権額金十五万円、弁済期昭和二十七年二月二日利息元金百円につき日歩金五銭毎月末日限り翌月分を前払いし、期限後は元金百円につき日歩金七銭の割合による損害金を支払う旨の抵当権設定登記及び昭和二十六年二月十二日同法務局受付第千三百二十五号をもつてなされた昭和二十六年二月三日金円賃借契約に因り債務者訴外鈴木よし、債権額金十万円、弁済期昭和二十六年十二月三十一日、利息の額、支払方法、損害金の特約は右同様の抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、主文第二項に限り、仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一項及び第三、第四項同旨の判決を求め、その請求の原因として

「別紙物件目録記載の各土地(以下本件各土地と称する。)は、原告の所有であるが、

第一、被告金庫から原告に対する債務名義として、(一)東京法務局所属公証人佐藤乙二昭和二十六年三月一日作成第十万六千二百六号金銭消費貸借公正証書及び(二)同公証人同日作成第十万六千二百七号金銭消費貸借公正証書が存する。而して、右(一)の公正証書には、被告金庫は訴外鈴木よしに対し昭和二十六年二月三日金十万円を弁済期同年十二月三十一日、利息年一割、期限後の損害金日歩金七銭の約定で貸付け、原告は鈴木の右債務につき連帯保証をなし、且つ右債務を担保するため本件各地につき第二順位の抵当権を設定した旨並びに原告は右債務につき強制執行を受くべきことを認諾した旨の記載が、(二)の公正証書には、被告金庫は原告に対し昭和二十六年二月三日金十五万円を弁済期同二十七年二月二日利息年一割、期限後の損害金日歩金七銭の約定で貸付け、原告は右債務を担保するため本件各土地につき第一順位の抵当権を設定した旨並びに原告は右債務につき強制執行を受くべきことを認諾した旨の記載が、それぞれなされている。

第二、そして、本件各土地につき、前記(一)の公正証書記載の金銭消費貸借契約を登記原因とする主文第三項掲記の東京法務局昭和二十六年二月十二日受付第千三百二十五号の、前記(二)の公正証書記載のそれを登記原因とする主文第三項掲記の東京法務局昭和二十六年二月七日受付第千百四十五号の各抵当権設定登記がそれぞれなされている。

然しながら、原告は前記各公正証書に記載されたような鈴木よしの債務に対する連帯保証、原告自身の債務負担をしたことも執行認諾の意思表示をしたこともないし、前記各抵当権設定登記申請をしたこともない。すなわち、右各公正証書による鈴木よしの債務に対する連帯保証、原告自身の債務負担、執行認諾の意思表示並びに以上の事項に関する右各公正証書の作成嘱託は、訴外木村清次が、又右各抵当権設定登記申請は、訴外大野正路が、それぞれ原告の代理人としてなしたものであるが、原告は同人等に対し右各事項につき代理権を与えたことはなく、従つて右各公正証書は、その記載にかかる原告名義の連帯保証債務の負担、原告自身の債務負担、執行認諾の意思表示以上の事項に関する右各公正証書の作成嘱託は、いずれも権限のない者によつてなされた点において無効のものであり、又右各登記は実体上無効の原因に基き、かつ権限のない者の申請にかかるもので、抹消されるべきものである。

よつて、原告は右各公正証書の執行力の排除を求めるとともに、被告に対し右各抵当権設定登記の抹消登記手続を求めるため本訴に及んだ。」

と陳述し、被告の抗弁事実は否認する、と述べ、

立証として、甲第一、第二号証の各一、二、第三号証、第四号証の一、二、第五号証、第六号証の一、二を提出し、証人鈴木貫、長島鈴子、当舎いま子、大沢満、木村清次の各証言及び原告本人の尋問(第一、二回)の結果を援用し、乙各号証の成立は知らないと答えた。

原告補助参加代理人は、立証として、丙第一、第二号証の各一、二、第三、第四号証を提出し、原告補助参加本人の尋問の結果を援用し、乙第一、二号証の成立を認めると述べた。

被告訟訴代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として、

「原告主張事実中、本件各土地が原告の所有であること、原告主張の各公正証書が存すること、本件各土地につき東京法務局昭和二十六年二月七日受付第千百四十五号をもつて原告主張の抵当権設定登記がなされていること、原告主張の各金銭消費貸借契約の締結、執行認諾の意思表示並びに右各公正証書作成嘱託について、訴外木村清次が右各抵当権設定登記申請について、訴外大野正路がそれぞれ原告の代理人として関与していることは、いずれも認めるが、その余は否認する。」

と答え、抗弁として、

「原告は、訴外鈴木よしをその代理人として原告主張の各金銭消費貸借契約の締結、執行認諾の意思表示、本件各公正証書の作成嘱託を訴外木村清次に、本件各土地につき昭和二十六年二月七日東京法務局受付第千百四十五号をもつてなされた抵当権設定申請を訴外大野正路にそれぞれ委任したのである。仮りに、鈴木よしにおいて右各法律行為に関する原告の代理権を有しなかつたとするも、鈴木よしは、当時原告が会長である天理教青山分教会の信徒総代であり、原告家の家事につき代理権を有しており、更に、被告金庫は、鈴木よしから原告の印鑑証明書及び委任状の提示を受けていたのであつて、同人に右各法律行為に関する原告の代理権ありと信ずべき正当の理由を有していたものであるから、原告は、鈴木よしの右各行為につき、その責に任ずべきである。」

と述べ、

立証として、乙第一、第二号証を提出し、証人小宮龍雄の証言(第一、第二回)及び被告金庫代表者の尋問の結果を援用し、甲各号証及び丙第三、第四号証の成立はいずれも認める。丙第一、第二号証の各一、二、の成立は知らないと答え、甲第四号証の一、二、を除くその余の甲各号証及び丙第三、第四号証を利益に援用した。

理由

第一本件各土地が原告の所有であること、原告主張の各公正証書が存すること、本件各土地につき昭和二十六年二月七日東京法務局受付第千百四十五号により右公正証書のうちの東京法務局所属公証人佐藤乙二作成第十万六千二百七号記載の金銭消費貸借契約を原因とする原告主張のような内容の抵当権設定登記がなされていること及び原告主張の各金銭消費貸借契約の締結執行認諾の意思表示並びに右各公正証書の作成嘱託につき、訴外木村清次が、右登記の申請につき、訴外大野正路がそれぞれ原告の代理人と称して関与していることは、いずれも当事者間に争いがない。

第二而して、成立に争いのない甲第五号証、甲第六号証の一、二証人鈴木貫、長島鈴子の証言を綜合すると、訴外鈴木よしが自ら原告の印鑑証明書を取り、原告の印章を使用して原告名義の委任状を作成してこれを被告金庫に交付し、それによつて前記金銭消費貸借契約の締結、執行認諾の意思表示右各公正証書の作成嘱託並びに抵当権設定登記申請をそれぞれ前叙のとおり訴外木村清次及び同大野正路に委任した事実を窺うことができ、右認定に反する資料はない。然しながら、被告の全立証をもつてしても鈴木よしがかような法律行為を委任するにつき原告を代理すべき権限を有していたとは認めることはできない。すなわち、証人小宮龍雄(第一、二回)の証言中には、昭和二十九年八、九月頃被告金庫の職員である訴外小宮龍雄が原告方に本件貸金の請求に赴いた際、原告は右訴外人と初対面であつたにもかかわらず特に驚いた風もなく、当時原告の所属していた天理教青山分教会の信徒達と相談する旨答えた旨の部分があるので、本件各土地を担保として被告金庫から本件借入れを受けるにつき、原告と鈴木よしとの間には、予め諒解がついていたとの推測を生ずる余地があるようにみえるが、右証人の証言部分は、その点に関する原告本人(第一、二回)の供述部分と対比して直ちに措信し難いのである。のみならず、証人鈴木貫、長島鈴子、原告本人(第一、二回)の各供述を綜合すると、原告が右代理権限を右よしに与えたことはなかつたものと認めることができる。してみれば、本件各公正証書において訴外木村清次によつてなされた強制執行認諾の意思表示は無効であり、右認諾の意思表示は、訴訟上の法律行為であつて、私法上の原則である民法第百十条の表見代理の規定は、その適用をみないものであることは明らかであるから、被告の表見代理の抗弁について判断するまでもなく本件各公正証書は実体上無効であり、これを理由として該公正証書の執行力の排除を求める原告の請求は理由がある。

第三、次に、本件各土地につき昭和二十六年二月七日東京法務局受付第千百四十五号をもつてなされた原告主張のような内容の抵当権設定登記についても、原告の登記申請代理人であつた訴外大野正路の代理権限の有無についても、第二において認定したと同様に、被告の全立証を以てしても、原告が鈴木よしに従つて大野正路に右代理権限を与えたと認めるには足らず、反つて、証人鈴木貫、長島鈴子、原告本人(第一、二回)の各供述によると、かような事実はなかつたものと認めることができる。従つて、大野正路は原告を代理して本件登記申請をなすべき権限を有しなかつたものというべきで、而も登記簿上、登記義務者たる者の登記申請代理人について、代理権ありと信じた登記権利者が代理権ありと信ずべき正当の理由を有する場合について民法第百十条の適用ないし準用があるかどうかについては登記申請が公法上の行為である点にかんがみ、これを消極に解するのを相当とするから、被告の右登記申請に関する表見代理の抗弁はそれ自体失当であり、右登記は、不適法なものとして抹消を免れないといわなければならない。のみならず被告の表見代理の抗弁が右登記の前提たるべき実質的法律関係について主張されているとしても以下認定のように、右登記申請が結局において登記義務者たるべき原告の意思に源を発するものであつて、実質的法律関係に一致しているものとはみるを得ないのである。すなわち、証人鈴木貫、長島鈴子の各証言及び原告本人尋問(第一回)の結果を綜合すれば、右行為当時原告は天理教青山分教会の会長であり、鈴木よしは同教会の信徒総代であつたが、同教会の親教会である天理教麻布教会の役員を兼ねていた原告が麻布教会の方に殆ど詰め或は天理市にある天理教本部に出張し、かつ先妻を亡くし子女を抱えていたので、鈴木よしが原告の不在中その留守番として原告家或いは青山分教会に居住していた信徒の配給物或いは郵便物を受領する等原告家の家族同様にして手伝つていたこと、又その関係上原告の認印を預つていたことが認められるのでこれらの事実から勘案すれば当時鈴木よしが原告家の家事について或る程度の代理権を有していたことが認定されるのであるが、それ以上に被告金庫において鈴木よしが前示金銭消費賃貸借契約の締結をなすべき原告の代理権をも有していたと信ずべき正当の理由があつた事実は被告の全立証をもつてしてもこれを認定するに足りない。詳言すると、なる程、鈴木よしが右各法律行為に際し原告の印鑑証明書、委任状を被告金庫に持参した事実は、前叙のようにこれを窺うことができるけれども、これだけの事実をもつてして右正当理由ありとすることはできないし、被告金庫としては、原告に会い、その他適当な方法によつて鈴木よしの代理権を確め得ることが極めて容易であつたであろうと考えられるにもかかわらず、右調査がなされたとは認められないのである。(右調査がなされたとする趣旨の証人小宮龍雄(第一、二回)の証言及び被告金庫代表者の尋問の結果は、当裁判所の措信し難いところである。)結局、被告金庫においては、鈴木よしが本件各法律行為に関する原告の代理権ありと信ずべき正当の理由を有しなかつたものと解するほかはない。してみれば、前記金銭消費貸借契約は権限なき者によつて締結された無効のものであるから、原告が、右契約につき責を負うべき筋合ではないので、この点からいつても、それを原因としてなされた右各登記は抹消されるべきものである。

更に、本件各土地につき昭和二十六年二月十二日東京法務局受付第千三百二十五号をもつて原告主張のような内容の抵当権設定登記がなされていることは、成立に争いのない甲第二号証の一、二によつてこれを認めることができるが、該登記の有効なることにつき被告は何等主張立証しないからこれまた抹消されるべきものである。

従つて本件各登記の抹消登記手続を求める原告の請求はいずれも理由がある。

第四、よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言につき同法第五百六十条、第五百四十八条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤井一雄)

物件目録

東京都港区赤坂青山南町二丁目七十四番の一

一、宅地 百三十七坪九分三勺

同所同番の二

一、宅地 五坪二合七勺

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